沖に流されてから

虚構織り交ぜています

感性のフタ

去年からバイトをはじめたお店は、客単価も高く大混雑するようなお店ではないので、暇なときは本当に手持ち無沙汰、店内をぐるぐる回るほかない。小ぶりな売り場は10歩ほどで一周できてしまう。ふらっと外に出るわけにもいかず、何度も同じように歩いてばかりいる様子は、動物園で展示されているライオンやクマのようだと思う。
 
一昨日館内全体の従業員研修があった。これまでも何度か開催されていたけど働き出して1年3ヶ月ではじめて受けた。講師はいつもご夫婦で販売指導、コンサルをしている方で、奥さんはお洒落なカラーアイラッシュをつけていた。研修がはじまってすぐ、「感じた事、想起した事を一言添えて、となりに花をまわしてください」とカーネーションの造花を渡された。それぞれ「きれい」「母の日」「やさしい色」「すてきな香り」と言葉を探して、花をまわす。そうすると意外に言葉は出てくるもので、これまでの経験や知識から、花を目にするといろんな事が頭に浮かんでいるのだ。しかし店先にあるカーネーションをみて、いつもいつも「素敵ね」「いい香り」とは声にださない。頭の中でショートカット機能がはたらくようになると、いざ感じた事を言葉にしようと思ってもできないのだそうだ。
アパレルだと季節感や色味、気分を考えながら接客をするからか言葉も出やすいが、飲食の従業員研修を行うと、「花」「ピンク」以外のキーワードがなかなか出てこないらしい。感性がないのではなく、あるはずの感性のフタが閉じられている。
 
今期一回目の研修は、ファーストアプローチについての話だった。今よく見受けられる接客(販売)スタイルは、「いらっしゃいませ」等の声がけのあと暫く店内を泳がせ、頃合を見計らって急に商品情報を伝え売り込んでいくというものだそうだ。確かに、いかに商材を売るか、を考えて接客してしまうし、される事も多い。講師の方曰く、現場で接客スタイルを指導するのが、購入層と離れた立場の中年男性であることが良くないらしい。実際に商品を検討し購入する女性たち(年齢問わず)は、買い物によって得られる豊かな気分をも求めているのに、指導する男性達は、売ろうという意識をぶつける接客方法を教えてしまう、この古い方法から一段階上の接客スキルを身につけましょう、という趣旨だった。(男性、女性、で一つ括りにして傾向を話してしまうのは好きじゃないんだけど、性差は確実にあるよね)
 
心を掴むフレーズ、を入店時の声かけにプラスしていくことで、心地のいいカジュアルな接客ができる。まず「今日この店で、買い物を楽しむ気分」をつくってから(これが難しい)商品のアプローチにうつると、会話のキャッチボールが成り立ちやすくなるのだ。ちょうど雨が降っている日だったので、憂鬱なイメージを持ちがちな「雨の日の買い物」をポジティブに捉えた一言を考えることになった。
 
「今日は雨ですね」
・映画をみるのもいいですね
・素敵な傘やながぐつを使える日ですね
・紫陽花がみずみずしいですね
・四季が楽しめるのって素敵ですよね
・スポーツクラブにいくのもいいですね
・虹がでるかもしれませんね
 
等々、買い物に関係のないことでも一言添えるだけで、来店者の感性のフタを開けることにつながる。実際の接客で、こんなこというかしら、とは思うけど、こういう一言が不意に心の中にあるもの(記憶や感覚)を刺激し、広げてくれるのは確かだ。また、雨の日には気分を変える事も工夫の一つで、店内の香りを変えてみたり、飲食であればスパイスの効いたものを出してみたりするといいらしい。